
10年後も潰れないサロンの場所選び。都市計画の「連鎖」から考える
街の「機謙」ではなく、「骨格」の話をしよう
最近、美容サロンを開業したいという相談をよく受ける。
みんな内装やコンセプトには熱心だけど、立地に関しては「駅の近くならいい」とか「おしゃれなエリアだから」といった、わりとふわっとした理由で決めてしまうことが多い。でも、そういう「街の雰囲気」とか「今の流行り」みたいなものは、人間の機嫌のようなもので、明日にはあっさり変わってしまう。
商売を長く続けるなら、もう少し「街の寿命」みたいなものを冷徹に眺めてみたほうがいい。
早稲田大学の研究チームが1995年に出した「駅前再開発と関連事業の連鎖的展開に関する研究」という論文がある。1970年代から80年代の古い事例を扱ったものだけど、これが、今の時代の個人のサロンオーナーにとっても、かなり示唆に富んでいるんだ。
この論文が教えてくれるのは、街がどう変わるかという「骨格」の力学だ。SNSで流れてくるような浮ついた情報ではなく、地面の下で動いている巨大な歯車のルール。それを知っているかどうかで、10年後のあなたの店の生存率は、残酷なまでに変わってくる。
流行という「気体」ではなく、都市計画という「固体」を信じる
世の中には、移ろいやすいものと、そうでないものがある。
SNSで話題のエリアとか、誰かが言った「これからはここが来る」なんていうのは、目に見えない気体みたいなものだ。明日には風に吹かれて消えているかもしれない。
けれど、道路がどう作られ、巨大なビルがどこに建ち、人がどう歩かされるかという「都市計画」は、巨大な岩のような固体だ。一度決まって動き出せば、個人の力ではどうにもならない。
多くのサロンオーナーは、気体を追いかけて出店し、風が止むと同時に立ち行かなくなる。
でも、本当に10年後も生き残りたいなら、その固体の構造に自分を組み込むべきだと思う。30年前の古い論文をあえて引っ張り出してきたのは、そこに書かれている「連鎖」の法則が、時代が変わっても揺るがない街の物理学だからだ。
再開発という「触媒」が引き起こす連鎖の正体
再開発と聞くと、多くの人は「新しくて綺麗なビルが建つだけ」だと思っている。でも論文によれば、再開発の本質はそこにはない。再開発ビルはあくまで「触媒」であり、その目的は周辺に新しい事業を「誘発」することにある。
例えば、浦和や町田の事例では、核となる百貨店や公共施設ができたあと、それに呼応するように周囲の地権者が建物を建て替えたり、新しい店を出したりといった「連鎖的展開」が起きている。
美容室にとって、再開発ビルの「中」に入るのは、高い家賃という名の税金を払い続けるようなものだ。賢いのは、その触媒に誘発されて、後から動き出す周辺の「連鎖エリア」を狙うこと。巨大な資本が街を温めてくれる恩恵だけを、少し離れた場所で賢く享受する。それが、個人の戦い方として正しい。
「触媒」と「媒介」の隙間に潜り込む技術
論文では、街を動かす要素をいくつか分類している。再開発ビルなどの「触媒」、それらをつなぎ、人を歩かせる道や広場を「媒介」、そして現状を維持する「維持」だ。
立地選びで最も避けなければならないのは、再開発の熱狂から取り残された「維持」のエリアに店を構えてしまうこと。一方で、狙い目は「触媒」と「媒介」が交差する場所だ。
美容室は、一度客がつけば場所が少し不便でも通ってもらえる、という側面がある。だからこそ、無理に駅の真ん前に身を置く必要はない。駅から「触媒(再開発施設)」へと向かう「媒介」の少し脇に、隠れ家のように存在するのがいい。
行政が「ここを歩かせよう」と決めた道は、そう簡単に死なない。その道の「おこぼれ」を確実に拾える場所に陣取ることが、10年後の生存率を担保してくれる。
勘ではなく、役所の「図面」という予言を信じる
結局、センスや勘で場所を選ぶのは危うい。
私たちがすべきなのは、街の未来が描かれた「都市計画図」をぼーっと眺めることだ。
どの建物が新しくなり、どの道が広がり、どこに広場ができるのか。論文が証明しているのは、街は行き当たりばったりに変わるのではなく、ある種の構造を持って連鎖していくということだ。
「ここにおしゃれなカフェができそうだな」という予測は外れるかもしれない。でも「歩行者デッキ」が架かるという計画は、ほぼ確実に実行される。そのデッキの終着点から徒歩3分の物件なら、10年後も人流が途絶えることはないだろう。
その構造(連鎖のルート)さえ見えていれば、家賃が安いうちに「次に来る場所」に店を構えることができる。それは賭けではなく、極めてロジカルな投資だ。
街の寿命を味方につけ、自由に生きる
美容師として腕を磨くのと同じくらい、あるいはそれ以上に、「場所の力」を知ることは重要だ。
どれだけ素晴らしいカットができても、店の前の道から人の気配が消えてしまえば、商売は終わる。
逆に、街がゆっくりと、でも確実に育っていく場所に根を張れば、あなたのサロンは地域のインフラとして10年、20年と愛され続ける。論文が示す「連鎖」のメカニズムを理解することは、あなたが自由に、長く生きていくための護身術のようなものだ。
都市計画の隙間で、自分だけの「領土」を探す
不動産屋の私たちが日々扱っているのは、単なる「坪数」や「家賃」の数字じゃない。その場所が、街の大きな計画の中でどんな役割を押し付けられ、あるいはどんな自由を許されているのか、という物語だ。
なんとなくの直感で決めて、3年後に「こんなはずじゃなかった」と後悔する人を一人でも減らしたい。
この論文が解き明かした「連鎖の法則」を、あなたのサロン経営の武器にしてほしい。街の未来を読み解くことは、自分の人生のハンドルを自分で握ることに他ならない。
10年後の「予約表」を、物件から書き換える
さて、ここまで少し堅苦しい話をしてきたけれど、結局のところ「どこでやるか」が決まれば、心の半分は決まる。
私たちが運営しているポータルサイトは、いわゆる「誰でもいいから貸したい物件」の墓場じゃない。特にサロン系物件に関しては、その街がこれからどう変わるのか、どこに新しい「連鎖」が起きようとしているのかを、冷徹に見つめて選んでいる。
おしゃれな内装をイメージする前に、まずは「10年後の地図」の上に自分の店を置いてみてほしい。
私たちが並べている物件のリストは、いわばその地図の断片だ。
「駅近」という思考停止のキーワードを捨てて、街の構造に潜り込む。そんな少し変わった、連鎖の波紋の先にある場所探しを、このサイトから始めてみてはどうだろう。
案外、あなたが求めていた「自由」は、駅から少し離れた、都市計画が静かに連鎖していく角地にあるのかもしれない。
参考文献:慎重進, 佐藤滋 (1995) 「駅前再開発と関連事業の連鎖的展開に関する研究」, 『日本建築学会計画系論文集』 第478号, pp. 151-160.