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サロン開業物件の正解。お客様の「公」のスイッチをONにする、おもてなしの空間哲学

化粧と感情のスイッチ、あるいは「公」と「私」の境界線について

最近、化粧というものについて、ぼんやりと考えている。

といっても、別に私が急に美容に目覚めてファンデーションを塗り始めたわけじゃない。ただ、人間が毎日、鏡の前で顔に何かを塗ったり、あるいは一日の終わりにそれを丁寧に剥がしたり、目に見えない香りをまとったりする。その一見すると過剰にも思えるルーチンが、私たちの「心」という、放っておけばすぐに形を失ってしまう頼りないものを、どうにか繋ぎ止めるための装置として機能しているんじゃないか、という気がしたのだ。

心理学の論文をいくつか紐解いてみると、化粧という行為は単に外見を整えるための手段ではなく、私たちの日常生活に深く組み込まれた「感情調節装置」なのだという。私たちは化粧を通じて、自分でも気づかないうちに、精神의ギアをガチャガチャと切り替えながら、この複雑な社会を泳いでいるらしい。


「公」の顔を編み上げる

朝、まだ頭が半分眠っているような状態で、鏡の前で立つ。そこで行われるメーキャップやフレグランスをまとうという行為には、心理学的に見て不思議な力があるそうだ。

調査によれば、化粧をすることで「積極性が上がる」「表情が明るくなる」「やる気が出る」といったポジティブな感情の変化が明確に観測されている。これは専門用語で言うところの「覚醒を高める」効果だ。アイラインを引いたり、リップを塗ったりする指先の動き一つひとつが、自分の中に眠っている社会的な活力を、深い場所から呼び起こしている。

論文では、これを「心を固く結ぶ」行為と表現していた。まさに、自分という存在を社会という荒波に放り込むために、バラバラになりそうな心を一つの形に編み上げ、結び目を作るような作業なんだろうと思う。

私たちは顔を作ることで、同時に「公」の自分を立ち上げている。朝の化粧は、今日という、何が起こるか分からない未知の時間に立ち向かうための、自分自身への「はげみ」を注入するスイッチだ。実際に、納得のいく仕上がりになった日は不安が低下し、他人との会話の量も増えるという実験結果もあるらしい。私たちが社会の中でどうにか正気を保って、誰かと笑い合ったり仕事をしたりできるのは、実はあの鏡の前での数分間に救われているからなのかもしれない。


「私」の顔にほどけていく

一方で、一日の終わりに訪れる夜のスキンケアは、それとは全く逆のベクトルを持っている。

外での役割を終え、重い足取りで帰宅して、役目を終えたメーキャップを落とし、お風呂上がりに肌を慈しむ。これは、社会的な仮面や重たい鎧を一枚ずつ脱ぎ捨てて、ありのままの自分、つまり「私(わたくし)」へと戻っていくための静かなプロセスだ。このとき、日中ピンと張り詰めていた心の結び目は、ゆっくりと「ほどけて」いく。

興味深いことに、日本人は世界的に見ても夜のスキンケア実施率が非常に高いという調査結果がある。欧米の女性と比較しても、日本の女性は夜、肌を整えることに多くの時間を割く傾向がある。これは単なる肌質の違いというより、日本人が「一日の緊張をリセットし、自分を労わる」という、ある種の「いやし」の儀式としてスキンケアを内面化しているからではないか、と論文は示唆している。

夜のスキンケアは、いわば心の防波堤を一度取り払い、自分という領土に帰還するための契機だ。外の世界に向けた「公」の武装を解除し、柔らかく、壊れやすい「私」のイメージへと自分をなじませていく。私たちは毎日、洗顔して化粧水を塗るという地味な反復作業を通じて、精神的な「公私の境界線」を器用に、そして切実に守っているのだ。

働く場所、おもてなしする場所

この「公」と「私」の切り替えという話は、空間についても同じことが言えると思う。

家は、スキンケアのように心をほどく場所。けれど、仕事場やお店は、メーキャップのように「公」の顔を作り、誰かを迎え入れ、社会と繋がるための場所だ。

私たちが提供しているのは、単なる「箱」としての不動産じゃない。誰かが「はげみ」を持って働いたり、心を込めてお客様をおもてなししたりするための、いわば人生の「メーキャップ」を施すための舞台だ。

もし、あなたが新しく自分の城を構えたい、あるいは誰かを最高にもてなす空間を作りたいと思っているなら、私たちのポータルサイトを覗いてみてほしい。

住むための場所ではなく、働くための、そして誰かを幸せにするための「公」の空間をたくさん用意して待っている。

働くための箱を、拾う

参考文献

阿部恒之・高野ルリ子「化粧と感情の心理学的研究概観」『におい・かおり環境学会誌』42巻5号、2011年。