
渋谷の美容室は、なぜあんなに「学割U24」と「カラー」ばかりなのか。

渋谷を歩いていると、美容室の看板ばかりが目に付く。 ビルを見上げれば、2階も3階も、その上も美容室だ。素人目には「もうこれ以上、店を増やしてどうするんだ」と思ってしまうのだけれど、それでも新しい店はオープンし続ける。
これから渋谷で自分の城を持とうとしている人は、たぶん猛烈な不安の中にいるはずだ。この、石を投げれば美容師に当たるような街で、どうやって生き残ればいいのか。
そのヒントになりそうな、面白いデータがある。 地理学者の山本健太氏らが2022年に発表した論文「東京都におけるヘアサロンの集積と特徴」だ。彼らはホットペッパービューティーの膨大なデータをスクレイピングして、どの街の美容室がどんな言葉を使って自分たちをアピールしているかを分析した。
いわば、「美容室の生態学的調査」だ。
渋谷は「カラー」と「学割」でできている。
この論文の中で、テキストマイニングという手法を使って「街ごとのキーワード」が可視化されている。
結果は、驚くほど露骨だった。 渋谷のサロン紹介文において、圧倒的に強く結びついていた単語は、「カラー」「学割」「U24」。この3つだ。
池袋も似たような傾向にあるけれど、渋谷の「若者・低単価・トレンド消費」への振り切り方は、データで見るとかなり極端で面白い。
つまり、渋谷という街の美容室市場は、「24歳以下の若者が、限られたバイト代を握りしめて、最新の髪色を手に入れに来る場所」として完全に構造化されている。
「渋谷=若者の街」なんていう使い古されたイメージは、単なる印象論ではなく、予約サイトの文言という実利的なデータによって裏付けられた、抗いようのない「現実」なのだ。
レッドオーシャンの歩き方
もし、あなたがこのデータを見て「やっぱり渋谷は若者向けに安くカラーを回すしかないのか」と絶望したのなら、それは少しもったいない。
論文には続きがある。 渋谷から少し歩いた「表参道」や「代官山」のエリアに目を向けると、出てくるキーワードは一変するのだ。
- 表参道・銀座: 「カット」「再現性」「技術」
- 代官山: 「ボブ」「ショート」「ファッション」「ライフスタイル」
- 自由が丘・吉祥寺: 「大人」「落ち着いた」「主婦」
渋谷のすぐ隣には、これだけ違う価値観が転がっている。
これから渋谷で開業しようとする人が取るべき戦略は、二つに一つだと思う。 一つは、データの波に完全に乗り、圧倒的な効率とトレンド感で「学割U24カラー」の覇者になること。これは資本力と回転数の勝負になる。
もう一つは、渋谷という「情報のハブ」としての立地を活かしつつ、あえて隣の街のキーワードを盗んでくることだ。 例えば、渋谷の利便性を享受しながらも、紹介文には「大人」「落ち着き」「ライフスタイル」を紛れ込ませる。論文が示す「渋谷の喧騒」に疲れ始めた、少しだけ上の層を掬い上げるイメージだ。
街の磁力に逆らうか、利用するか。
論文を読んでいると、ヘアサロンという存在は、その街に集まる人間たちの欲望を映し出す鏡のようなものだと感じる。 渋谷という街が「若さ」を吸い寄せている以上、普通に店を出せば、自然と「学割U24カラー」の渦に飲み込まれていく。
激戦区で生き残るというのは、きっとその「街の磁力」を客観的に眺めることから始まる。 自分がどのキーワードの網の中に店を置くのか。あるいは、網の隙間に独自の居場所を作るのか。
データは「今の渋谷」を冷徹に示しているけれど、それをどう解釈して、どう裏切るかは、これからハサミを持つ人の自由なんだと思う。
この記事を読んで、渋谷でサロンを開きたくなったあなたへ。
もし、このレッドオーシャンに飛び込んで自分の「キーワード」を試してみたいなら、まずはその足場となる場所を探す必要があります。
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